災害時の対応を知るPost-disaster actions 災害時にどのような災害廃棄物対策を進めるべきかを知る

能登半島地震の被災地の避難所トイレの現状と災害トイレの課題

 

大正大学地域創生学部地域創生学科 岡山朋子氏

能登半島トイレ_01(サムネ)

2024年8月

目次

はじめに

1.調査の概要

2.避難所トイレ調査の結果

 2.1 避難所別のトイレの状況

 2.2 断水の解消状況

 2.3 排水の可否状況

 2.4 七尾市内避難所の排水可能状況下での排水ルール(紙を流さない)

 2.5 輪島市内避難所の排水不可状況下でのトイレ

3.災害トイレの種類別の使用状況と課題

 3.1 携帯トイレ

 3.2 ラップ型簡易トイレ

 3.3 トイレトレーラー

 3.4 災害トイレの仕様上のストレスと優先順位

4.避難所トイレの衛生管理と対口支援

さいごに

はじめに

 能登半島においては、2023年5月5日の子どもの日に珠洲市で震度6強を観測した奥能登地震が発生し、さらに2024年1月1日の元日に志賀町と輪島市で震度7を観測する能登半島地震が発生した。筆者は奥能登地震の被災地である珠洲市を2023年5月13日に訪れ、5月9日に開設された災害廃棄物の仮置場の視察などを行なった。現地では一時的に停電などしていたというが、飲食店や道の駅においても店舗は営業を再開しておりトイレも問題なく使えた。
 ところが、能登半島地震においては、津波、火災や土砂災害、液状化など多様な災害が発生し、甚大な被害が能登半島の広範囲におよんだ。道路は寸断され8,429戸の家屋が全壊、死者は229人にのぼった(執筆時点)。津波警報があったことから多くの人が発災直後に避難所に避難し、1月2日には石川県内で40,688人が一次避難所に避難していた(内閣府,2024)。また、地震によって能登半島全体では最大で約11万戸が断水した。避難所においてもトイレの水は流れず、あるいは排水できなかったため、1月2日の段階で、すでに多くのトイレが(あるいはトイレでないところも)小便・大便で溢れていたと考えられる。テレビに映し出される被災者は「トイレ」と書いたボードを道端で掲げていた。
 筆者は、2024年2月に、日本医師会災害医療チーム(JMAT)と公益財団法人日本財団の支援を受けたNPO日本トイレ研究所による被災地の避難所のトイレ調査に参加する機会を得た。本稿においては、その報告を行うとともに、当災害廃棄物情報プラットフォームにおいて2020年に行なった提言(岡山,2020)にさらなる提言を加えたい。

 

1.調査の概要

 調査は2024年2月に2日間ずつ、2回実施した。それぞれ初日は輪島市の避難所、2日目は七尾市の避難所を調査した。なお、調査は日本トイレ研究所が作成した「能登半島地震における避難所のトイレ環境調査シート」に基づいて実施され、避難所管理担当者へのヒアリングおよび視察を行った。また2回目の調査の際は3チームで全体として、輪島市内避難所12ヶ所、七尾市内避難所9ヶ所、計21ヶ所の調査を実施した。本稿においては筆者が訪問した計10ヶ所の避難所の中から結果を抜粋して報告を行う。

 

2.避難所トイレ調査の結果

2.1 避難所別のトイレの状況

 調査を行った10ヶ所の避難所について、調査当時の上下水道(浄化槽や農業集落排水等を含む)、およびトイレ使用の快適性・利便性の状況として「良い」、つまりトイレ使用者のストレスが少ないと考えられる順に表1にまとめた。避難所スタッフへのヒアリングに加えて、やや主観的ではあるが筆者が実際に使った使い勝手から評価した。

能登半島トイレ_15(表1)

 

 本来ならば調査日が遅いほどその分復旧が進んでいるはずであるが、改善状況の差は発災後の経過時間ではなく、地域差にあると言える。つまり、2月時点で水使用と排水状況およびトイレの状況が比較的良いのは七尾市の避難所である。なお、ライフラインのうち電気については全体的に比較的早くから通電している。最も長く停電したのは輪島市の河井小学校で、電気が完全復旧したのは2月1日だった。それまでは漏電可能性があり、ランタンを使用していたという。

2.2 断水の解消状況

 七尾市では4月初旬には全域で断水が解消されたが、七尾市より北にある自治体は県水道でないこともあり、輪島市では断水の解消に5月末までかかった。ただし、いずれも早い復旧とはいえない。また、建物と上下水道管の接続工事などが進まないため、同じ地域でも水が出る家屋と出ない家屋が混在し、全体的な復旧には至っていない。2月上旬時点では、断水が解消したら避難所を出て自宅に戻りたいという避難者が特に七尾市中島地区で多かった。発災半年後の7月1日現在では、表1にある調査対象とした七尾市の避難所は全て閉鎖されているが、輪島市では逆に全てが避難所として継続中であることからも、やはり輪島市の水道被害の大きさと復旧の遅れが明らかである。

2.3 排水の可否状況

 破断した下水道、し尿処理場、下水処理場など、排水施設の復旧の遅れはさらに深刻である。例えば、七尾市では4月に断水が解消されたが、谷田郷コミュニティセンターのようにトイレの水が流せないため仮設トイレと流す水用のビニールプールが残された避難所もある(写真1、2、3、4参照)。

能登半島トイレ_01

写真1 谷田郷コミセン 2月25日

能登半島トイレ_02

写真2 谷田郷コミセン 2月25日

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写真3 谷田郷コミセン 4月7日

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写真4 谷田郷コミセン 4月7日

とはいえ、2月の調査時点で七尾市の多くの避難所では、使用済みの紙は流さないようにしていたものの、バケツなどでトイレに水を流すことができた。一方、輪島市ではトイレのみならずあらゆる排水が不可である避難所が多く、トイレに水を流してよかったのは輪島高校だけであった。つまり、トイレに水を流せるかどうかが、輪島市の避難所と七尾市の避難所の大きな違いである。なお、輪島市のし尿処理場が仮復旧したのは6月であり、その後も排水の復旧に時間を要している。それはすなわち、輪島市では、避難者は携帯トイレや簡易トイレ、屋外の仮設トイレなどの不便なトイレ使用を半年以上も続けているということである。

2.4 七尾市内避難所の排水可能状況下での排水ルール(紙を流さない)

 断水中であっても、排水が可能であればバケツなどの水で流すことができる。実際、七尾市中島地区の避難所では、紙は除いて、し尿だけをバケツの水で流していた。これは、紙を一緒に流すことで管を詰まらせることを回避するためであり、東日本大震災以降で多用されてきた方法である。これまでの災害での教訓を踏まえていると言える。多くの避難所において、この対応を提案したのは看護師であった。なお、使用済みの紙については、そのままダンボール箱などで回収している避難所もあったが、西岸分館ではキャンディーのように使用済みの紙を新聞紙で包むことで臭い対策をするなど、衛生上・廃棄上の工夫をしていた。また、バケツで水を流すことで床が水で濡れるため、新聞紙をトイレの床一面に張っていた(写真5、6参照)。

能登半島トイレ_05

写真 5 西岸分館 2月11日 筆者撮影

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写真6 西岸分館 2月11日

七尾市では、ななかリサイクルセンター(焼却工場)が1月22日に通常運転を再開したが、それに先立って1月4日から衛生(汚物)ごみを受け入れており、各避難所では収集が溜まって困るという事態は発生しなかった。ななかクリーンセンター(し尿処理場)は放流先の西部水質管理センターが4系統中1系統だけの稼働となっていたが、市内のし尿や浄化槽汚泥は通常通り受け入れた。

2.5 輪島市内避難所の排水不可状況下でのトイレ

 一方、例え断水が解消しても、排水が不可であればトイレに水を流すことはできない。輪島市内の避難所の多くが排水を禁止されているため、輪島中学校と鳳至小学校は携帯トイレを主たるトイレとして使用し、輪島市ふれあい健康センター、大屋小学校、河井小学校ではラップ型簡易トイレを使用していた。断水ではなく排水不可という事態によって、このような長期間にわたって避難者がトイレの水を流せない生活を続けているのは、おそらく初めてである(これまでは東日本大震災時の千葉県浦安市の事例が最長で、約1ヶ月間)。建物被害は七尾市の方が多いが、災害関連死者数は輪島市の方が多いことも、これらの排水状況の違いと無関係ではないだろう。

 

3.災害トイレの種類別の使用状況と課題

3.1 携帯トイレ

 以下、具体的に災害トイレ種類別の使用状況と課題について報告する。なお、災害トイレとしての仮設トイレに関する課題は、当プラットフォームにおける筆者の報告等(岡山2017、岡山2020、岡山2023)を参照されたい。
 輪島中学校は、校内3ヶ所に分かれて避難者が避難しており、いうならば1ヶ所に3ヶ所分の避難所があるような状況だった。校舎内では、トイレに便袋を仕掛けてその中に固化剤を入れ、その上から用を足し、排泄が済んだら便袋の空気を抜きながら口を縛り捨てるといういわゆる携帯トイレ(写真7、8参照)を使用していた。なお、ポータブルトイレなどの移動可能な便器を簡易トイレと呼ぶが、環境省などにおいては、ポータブルトイレも携帯トイレも簡易トイレと呼ばれている(環境省, 2024)。本稿では、便袋を携帯トイレと呼ぶ。

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写真7 携帯トイレ(便袋)

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写真8 携帯トイレ便袋

 管路が破断するなどして下水に排水を流してはいけない状況では、男性の小便でも携帯トイレを使用しなければならない。携帯トイレを使用した全ての避難所で聞かれたが、使用当初は、男性は立って用を足すため便袋から跳ねた小便で周りを汚してしまったり、女性も男性も便袋を仕掛けることを忘れて用を足してしまったりするなど、トラブルが多々起こったという。中には、「固化剤を入れる」にあたって、固化剤が入ったまま袋ごと便袋に入れて用を足し、縛るときに中身を飛び散らせてしまったという例もあったという。女性は小便でも紙を使用するが、紙が入ると携帯トイレが固まりにくいという問題もあるという。生理用ナプキンやライナーが便袋のなかに一緒に入る可能性もある(それ自体は問題ではない)。早いところでは1月2日に携帯トイレが届いた避難所もあるが、上記のように、誰もが使ったことのない携帯トイレに苦労した。
 大型のプラスチック袋に大型のポリマーシートがついているタイプの携帯トイレでは、1袋で数人分を吸収できるが、実際には1人が1枚使用したため、あっという間になくなってしまったという。また、封を開ける際に取り外したビニール片は、後で袋を縛るための紐に使用するという取り扱いが複雑すぎると指摘された。
 なお、環境省においては使用済み携帯トイレ(衛生ごみ)の収集も懸念されたが(環境省, 2024)、輪島市も七尾市同様に避難所からの衛生(汚物)ごみの収集は早くから実施され、結果的に溜まって問題になったことはなかった(写真9、10参照)。輪島市の使用済み携帯トイレは、輪島・穴水クリーンセンター(焼却工場)が1月22日に復旧したが、それまでの間は、衛生ごみをピットで受け入れていた。

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写真9 携帯トイレ(便袋)

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写真10 携帯トイレ便袋

3.2 ラップ型簡易トイレ

 携帯トイレをその後も継続して使用している避難所もあるが、例えば輪島市ふれあい健康センターはラップ型簡易トイレと仮設トイレに切り替え、大屋小学校や七尾市の避難所では最初から使用していない。簡易トイレは、ポータブル便器に便袋を仕掛けるタイプで、ラップ型簡易トイレは、便器に備え付けられた専用の便袋が自動でラッピングされると言うものである。ラップ型簡易トイレはテントとセットで提供され室内にテントを立てて設置されるパターンと、既存のトイレや空き部屋などに設置するパターンと両方見られた。全て同じメーカーの製品である。
 輪島市の大屋小学校では、元旦当日から構内のトイレが満杯となり、悪臭のためにトイレに近づけなくなった。避難者と市の職員で、溢れた大便を家庭科室のおたまで掻き出してトイレ掃除をした。手洗いの水もなかったため、学校にある薬品から消毒液を作ったという。トイレ掃除後はプールの水を使用するなどしてしのぎ、1月5日ごろに仮設トイレ2基が来てからはそちらに移行した。さらにラップ型簡易トイレを職員トイレに導入した。このようにラップ型簡易トイレを導入している避難所も数か所あったが、これも携帯トイレと同様に男性による小便の飛び散りや、座面が低いために男性が使いにくいこと、ラップするにあたって90秒かかること、ラップは100回分であるため消耗品が頻繁に必要になることなど、多くの課題が共通して聞かれた。七尾市の中島小学校では、出入り口付近にテントを立て、その中にラップ型簡易トイレを設置していた。これは、トイレ介助が必要な配偶者と一緒にトイレに入り、用を足す1組の夫婦が使用しているとのことだった。
 なお、携帯トイレや簡易トイレの消耗品、消毒液やペーパーなどの消耗品に関しては、輪島市ではどの避難所で何が必要かを情報提供するチャットで共有しており、早ければ翌日には届くとのことだった。
 河井小学校のトイレ状況は、非常に厳しいものである。避難者が滞在している体育館に最初から水道もトイレもない。したがって、男女更衣室にラップ型簡易トイレを置き、主に高齢者が使用している(写真11、12参照)。仮設トイレとトイレトレーラーも導入されているが、体育館から屋外に出て、さらに階段を降りて行かなくてはならない。また夜間は照明もないため、高齢者でなくても使用が難しい。
 一方、室内にあるラップ型簡易トイレは座面が低く、特に男性は座るのが困難な場合がある。そこで河井小学校の男性用ラップ型簡易トイレは床に板をおいて座面が10cmほど高くなるよう工夫していた。また、手洗い施設もないため特に高齢者のために循環式手洗い機を切望していたが、何度もチャットに申し入れても届かないとのことだった。なお、プール横のトイレは流すことが可能になったため、若い女性は体育館から多少距離があっても日中はプール横のトイレを使用しているとのことだった。

能登半島トイレ_11_1写真 11 簡易トイレ 河井小学校筆者撮影
サンプル画像2

写真12 簡易トイレ 中島小学校

3.3 トイレトレーラー・トイレカー

 輪島市ふれあい健康センターと輪島高校以外の輪島市の避難所には、トイレトレーラーが設置されていた(写真13参照)。トイレトレーラーは牽引され、トイレカーはそれ自体が自走できることが特徴で、2〜4基のトイレがあり、数段の階段を登って個室に入り使用する。鳳至小学校には、気仙沼市のトイレトレーラーと給水車がセットで設置されていた。このように多くのトイレトレーラーが被災地に導入されたのも、初めてと考えられる。トイレトレーラーは、中は狭いが洋式で水洗であるため、特に子どもや若い女性が好むとのことだった。しかしながら、高齢者がトイレトレーラーを出たところで段差を踏み外して落ちて怪我をする事例も数例報告されている。一方、輪島中学校には自動で昇降できる車椅子用のトイレトレーラーが設置されていた(写真14参照)。さらに、トイレトレーラーは水洗用の水を給水し、し尿を汲み取る必要があるが、意外に給水に手間がかかるとのことだった。輪島中学校や大屋小学校では、対口支援で派遣されている大阪府や堺市の職員がトイレ掃除や給水を行っていたが、七尾市の谷田郷コミセンのトイレトレーラーには給水されていないため、バケツで水を持って入り、使用後はバケツの水を流すというルールになっていた。また、輪島中学校では、トイレの水が詰まる頻度が高いとのことで、実際筆者が使用したところでも確かに1台詰まり気味だった。

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写真13 トイレトレーラー

能登半島トイレ_14

写真14 自動昇降トイレトレーラー

 

3.4 災害トイレの使用上のストレスと優先順位

 筆者はこれまで、被災地の災害トイレに関する調査を行ってきた。その上で、災害トイレの中でも特に女性にとって使用上のストレスの少ないトイレとはどのようなものか検討し、表2のような災害トイレの順位付け(仮説)を設定していた。具体的には、特に典型的な災害トイレとしての仮設トイレにはさまざまな問題があるため、特に女性への配慮を要請し、携帯・簡易トイレの衛生ごみ処理に関する提案など行ってきた(岡山, 2020等)。
 能登半島地震の避難所トイレ調査では、携帯・簡易トイレなど災害トイレを大規模に長期間使用した事例を調査することとなった。災害トイレ別に使用状況を調査して(さらに現地で自ら使用してみて)、改めてどのような災害トイレが被災者にとってストレスの少ないトイレなのか検討した。

能登半島トイレ_16(表2)

 その結果、各種災害トイレについては一概に順位をつけられるものではないことがわかった。女性である筆者としては、例えば5と6も「水に流せるのは小便だけで、大便は可燃ごみにする(自宅でそのようにしている避難者がいた)」「紙は流さないようにする」とったルールが加わることで、途端にストレスが増えると感じられた。筆者は、調査中にバケツで水を流すトイレも何度かお借りした。しかし、どんなに頭では「紙を便器に捨ててはいけない」と唱えていても、普段の癖で用を足した後にうっかり紙を便器に捨ててしまうことがあった。男性には想像しにくいかもしれないが、第二次性徴以降の女性は小便でも紙を使用するため、トイレに行くたびに必ず紙を使用して捨てる。その習慣の変更は意外に難しい。しかも、バケツで水を便器に流すのも、バケツに水を汲み、流した後に飛んだ水を拭き取る必要があるなど、用を足す前後にもいちいち手間がかかる。
 7と10も非日常的なトイレであり、これも慣れるまでに時間がかかる。10は発災直後に必要に応じてやむをえず使用するため意識して用を足せるが、7はその使い方がわからないために最初は誤使用が多かったことが容易に想像できる。7の携帯・簡易トイレは室内で用を足せるということ以外にはメリットが少なく、使用手順が複雑で、ストレスの少ないトイレとは言い難い。特に男性にとっては、携帯・簡易トイレで小便をする場合、立って用を足すと周りに尿が飛び散って汚してしまう。しかしながら、座って用を足す習慣がないためその習慣の変更は難しく、うっかりトイレを汚してしまうことが多発したことも容易に想像できる。そして多くの男性にとっては、常に座って小便をするというルールはストレスとなるだろう。
 8のトイレトレーラーと9の仮設トイレ・マンホールトイレはともに屋外にあり、汲み取りが必要である。トイレトレーラーで水洗が可能であれば、普段使っているトイレに近いためにストレスは軽減されるが、給水車から直接給水できないと給水が難しい。さらに、特に高齢者にとっては階段の昇降に危険が伴う。水洗用の水が給水されておらず、自らバケツに水を入れて持って入り流すことになると、さらに使いにくいトイレとなる。
 以上より、災害トイレの使い勝手やストレスの度合いについて、順位をつけられる根拠はないが、強いて言うならば、災害トイレは全てストレスのかかる使い勝手の悪いトイレである。例えば紙の分別や座って用を足すことが求められるように、女性も男性も、普段通りに用を足すことが制限される。携帯・簡易トイレも仮設トイレ・マンホールトイレもトイレトレーラーも、どれも普段使い慣れたトイレではないからである。

 

4.避難所トイレの衛生管理と対口支援

 対口支援方式(カウンターパート方式)は、能登半島地震より本格的に実施された行政間支援で、石川県内14市町、富山県内3市および新潟県内1市に対し、60都道府県市から支援チームの派遣(避難所の運営・罹災証明書の交付等の災害対応業務を担うマンパワーの派遣)を行った。1日当たりの派遣人数の最大値は1月26日の1,263人である(総務省, 2024)。したがって、調査を行った多くの避難所では対口支援の行政職員がトイレの衛生管理を担当していた。
 大屋小学校のように、避難者が自ら被災直後のトイレ掃除を実施したというところもあるが、対口支援に入った他県の自治体の職員が支援した避難所もある。汚物にまみれたトイレ掃除は誰でもやりたくない仕事であるが、被災して気持ちの落ち込んでいる被災者にとっては、極めて有難い支援だったと考えられる。避難所のトイレ掃除などの管理をボランティアが行うことへの意見は分かれるが、能登半島地震の避難所においては、対口支援としての避難所運営支援の多くをトイレ管理が占めていたと考えられる。
 被災後の避難生活によるストレスや疲労などを原因とする災害関連死者数は、110人におよぶ(2024年8月1日現在、石川県発表)。しかし、もしも対口支援による避難所のトイレ管理がなければ、この数はもっと増えていたかもしれない。一方、災害関連死者数には関係ないかもしれないが、派遣できる職員数と提供機材や物資の多い東京都などの自治体が支援している避難所と、そうではない避難所との格差もやや気になった。

 

さいごに

 能登半島地震では、翌日には「トイレ」が問題になった。これは詳細に言うならば「大便がいたるところに溢れた」という問題である。阪神淡路大震災の際にはこれを「トイレパニック」と呼び、その後も大災害の度にトイレパニックは起こっている。能登半島地震においても、津波から逃げた避難者が1,000人いた避難所では、24時間以内に1,000個の大便が発生した。しかし、トイレの水は流れないため、トイレやその周辺は汚物にまみれ、トイレパニックが起こった。このトイレパニック、24時間以内の大便問題を解決するには、やはり携帯トイレ、すなわち便袋が有効であろう。避難所のみならず、あらゆる世帯で便袋を備蓄することは重要である。さらに、携帯トイレとして利用できる新聞紙やペットシート、そしてビニール袋を備蓄することも発災時には有効である。行政においては、発災後の「最初の大便」をどうするかという視点で市民への携帯トイレの備蓄を促すとともに、避難所での携帯トイレの備蓄を進めてほしい。
 災害関連死を防ぐため、また避難所の衛生的な生活を保持するため、避難所トイレ管理は極めて重要である。これまで筆者は、行政も市民も携帯・簡易トイレを備蓄して発災当初はそれを使い、その後仮設トイレが設置されたらそのトイレを使用すべきであるとマニュアル通り考えていた(国土交通省, 2018)。そして行政は、衛生ごみの発生量を予測して収集・処理を行い、また仮設トイレからの汲み取り・し尿処理も速やかに行うことが重要であると唱えてきた。もちろん、携帯トイレの備蓄すなわち防災と災害の初動対応としては、前述の通り間違いなく重要である。ただ、筆者はこれらの災害トイレが使用される期間については、これまでの災害事例から考えるに長くても1ヶ月程度と考えていたが(避難所が閉鎖されるまでに数ヶ月かかったとしても、その間にトイレの水洗トイレの使用状況が改善されることが大半であるため)、長期間にわたって排水できないという問題は、深刻な健康被害を引き起こしかねない。例えば歯磨きの際も、口をゆすいだ水をおむつや携帯トイレに吐き出さなければならない。比較的若い人は屋外に歯磨きに行ったりするとのことだったが、屋外に行けない高齢者は循環式手洗い機がなければ手も洗えず、歯を磨くこともままならない。そのような生活上のストレスによる健康被害が懸念されていた。手指消毒用のアルコールなどは全ての避難所に十分にあったが、手洗いという通常の生活習慣を続けられないことがストレスとなって蓄積される。断水のみならず排水不可という状況によって、洗顔、歯磨き、排泄、風呂といった日常の行動は非日常的なものとなり、その非日常が数ヶ月にも及ぶ事態は異常である。
 特に災害トイレはどれも被災者にとってはストレスのあるトイレであるため、行政はその使用期間を1日でも短くなるように注力しなければならない。災害トイレは、被災者にとってどれがより良いのかと考えるのではなく、どれも基本的に使い続けるべきものではないと考える必要がある。
 行政は市民の命を守るにあたって、まずは発災直後に備えて携帯トイレなどの備蓄をすすめ、仮設トイレの一刻も早い調達に努力することは重要であるが、それで十分と考えてはならない。災害トイレは確かにまず避難者に対して足りていることが重要であるが、このような非日常のトイレを何日も使用し続けさせてはならないからである。そのために具体的に実行すべきは一刻も早い上下水道の復旧であるものの、それに時間がかかるのであれば、避難所には、給水車から避難所の水槽への注水や簡易水道敷設(洋式トイレのタンクへポンプで注水)、排水については地上型浄化槽の仮設置、仮設下水道を敷設するなど、室内のトイレを通常通り使えるように工夫してもらいたい。自ら行うことが難しければ、対口支援行政、民間やボランティアに支援要請してほしい。

 

参考

内閣府(2024):令和6年能登半島地震における避難所運営の状況, 令和6年能登半島地震に係る検証チーム(第3回)令和6年4月15日(月曜日)

岡山朋子(2020):災害時におけるトイレとし尿処理について

NHK(2024):石川県 断水について発表 “早期復旧が難しい地域を除き解消”

総務省自治行政局公務員部(2024):令和6年能登半島地震における被災市町への応援職員の派遣について

七尾市ホームページ

環境省(2024):令和6年能登半島地震における災害廃棄物対策

国土交通省(2018):マンホールトイレ整備・運用のためのガイドライン

岡山朋子(2017):災害時のトイレとし尿処理-熊本地震と東日本大震災の比較-、都市清掃、第70巻 第339号 pp.443-450

岡山朋子(2023):災害時におけるトイレ使用およびし尿・生活排水処理の実情と課題、用水と廃水、Vol.65 No.1 pp.63-69

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