公益社団法人 日本ペストコントロール協会
2023年8月
目次
1.はじめに
「ペストコントロール」という単語に耳慣れない方も少なくないと思います。
我々日本ペストコントロール協会は本年55周年を迎える組織です。日頃は、ネズミ、ゴキブリ、ハチなどの有害生物の防除や関連する衛生管理を行っている会員企業が全国で1,000社ほど所属しておりますが、新型コロナウイルス感染症、デング熱、鳥インフルエンザなど各種感染症が発生した時、また風水害、地震などの災害が発生した時などには会員企業が防疫活動を行い、人々の健康と社会生活を守っています。
本年改定された日本標準産業分類においては「ペストコントロール業」=主として人間にとって有害な生物等(害獣・害虫、細菌、ウイルス)の防除・駆除・消毒を行う事業所と定義されています。アライグマ・ハクビシンなどの害獣、鳥害、上述のほかにもトコジラミ・蚊などの害虫、ヒアリ・セアカゴケグモなどの外来生物、新型コロナ消毒等々・・多岐に亘るのですが今回は災害時の生活衛生環境保全について触れさせていただきます。
災害廃棄物への殺虫消毒01
災害廃棄物への殺虫消毒02
災害廃棄物への殺虫消毒03
2.災害時のペストコントロール協会の役割、取組実績
過去にも阪神・淡路大震災での対応等はありましたが、ペストコントロールが大きくクローズアップされたのは、未曽有の災害であった東日本大震災における活動が挙げられます。
2011年3月11日の東日本大震災の発生をうけ、海外で激甚災害(2004年スマトラ沖地震、2010年ハイチ地震など)の後にコレラや赤痢が大流行した例があったこと、関東大震災の後でも赤痢や腸チフスの大流行が記録されていたこと、被災地一帯は一大漁業基地であること、さらに養鶏を中心とした畜産業も盛んであることなどから、これらの施設から溢れた冷凍魚や家畜の死骸はクロバエ類の大発生源になる恐れがあると判断し、日本ペストコントロール協会では有害生物調査団を組織して交通インフラ復旧後の5月5日から現地に赴きました。
岩手県から宮城県に至る港湾一帯を巡回して、ハエと蚊の発生状況を調査した結果、当時、ハエの活動時期にはまだ早かったものの被災地の校庭に散乱している魚を裏返すと大量のハエ幼虫の発生が確認されました。壊れた大型冷凍庫の隙間からはハエ幼虫が滝のように流れ落ちていました。
多量のハエの幼虫
この頃、行政にはまだ住民からハエの苦情は寄せられていなかったこと、「ペストコントロール協会」が災害時に防疫対応を行っているという認知が少なかったこともあってか、我々の訪問の意図は行政に中々理解していただけませんでしたが、私たちは「ハエ公害」が 1カ月後に必発であることを述べ、連絡先を伝えて辞しました。当協会調査団はハエ公害が予想される場所の特定のために集落の住居数や海岸からの距離などを地図に落とし込み、ハエ多発時の防除対策の参考資料としておきました。
その後、ハエ類の多発と住居への多量の飛来は5月末から見られ、現地行政には住民から対策の依頼が殺到し、行政からペストコントロール協会にもハエ駆除の要請が続くこととなりました。
災害廃棄物への殺虫消毒対応を含め過去に例を見ない規模での依頼であったため、新幹線の開通と併せ、支援要請が出ている県・市と連携の上、5月5日以降10月末日までの約6ヵ月間に、主な被災地15市町村に対して、全国約9,000人余のペストコントロール協会員の参加を得て、ハエ・カの駆除を実施し、特別な疾病、感染症の発生もなく、被災地より多くの感謝のお言葉を授かりました。
一方、現地調査班は、11月初旬まで第16次におよぶ調査を行いました。
7月下旬のクロキンバエ発生最盛期には気仙沼市陸上集落の民家の壁に貼り付けた粘着紙(22 cm x 44 cm)に20分間で2,564頭のハエが捕獲され、またそのころ、大槌町の海岸を走行中の車のフロントガラスにハエの一群が押し寄せたので降りてみると辺り一面はクロキンバエの大群であったとの記録もあります。
クロキンバエ発生の調査
多量のクロキンバエ
災害対応の間は、害虫対策上の実施機関として、厚生労働省及び環境省から、ハエ等の害虫駆除対策の関係通知「被災者居住地域における害虫等対策について」及び「災害廃棄物に起因する害虫及び悪臭への対策について」の通知が市町村に発せられ、ペストコントロール協会が相談窓口となりました。
これら一連のハエ類の調査、駆除作業、その成果について日本ペストコントロール協会では一連の防除作業も含めて「東日本大震災防疫活動報告書」としてまとめ、被災地の行政をはじめ、当該地域の学校等にも配布しております。
また、翌年、災害廃棄物(瓦礫)の山に侵入して繁殖したネズミ(主にクマネズミ)について、瓦礫の撤去までに駆除しなければ住宅地にネズミが多量に群がる恐れがあったため、調査と駆除を行いました。
ネズミの調査・駆除
<最近の事例>
東日本大震災以降、ペストコントロール協会が災害廃棄物や被災地消毒対応を実施可能であることが認知され、環境省のD.Waste-Netにも参画させていただいております。その後の2016年熊本地震や2019年台風19号での風水害対応など、大規模な災害に際して各種対応をしております。
2023年7月には秋田県内での豪雨により甚大な被害がでておりますが、秋田県ペストコントロール協会を窓口に、浸水被害住宅への消毒等対応、廃棄物仮置き場へのハエ・カ防除対応等を行っております。本件に対しても秋田県ペストコントロール協会だけではなく隣接する青森、岩手、山形、宮城の各ペストコントロール協会から応援部隊が派遣されており、東日本大震災同様、大規模災害時はペストコントロール協会内での連携体制を構築しております。
3.災害時に大切にしていること
災害廃棄物への殺虫消毒等の処理については、通常殺虫剤を噴霧する平方メートル単位での考えではなく立方メートルでの処理となります。堆積している中側まで薬効を求めるのは困難な場合も多く、その場合幼虫が発生する状況を見て繰り返しの処理が必要になります。また、効果は勿論ですが周辺環境への配慮も重視しています。殺虫剤等を使用する関係上、特に水系への影響等も考えながら薬剤の選択や作業方法を選定します。
報道でみる被災地の様子として被害を受けた建築物や街並みが写しだされます。実際に現地では画像からは伝わりにくい衛生的な問題として、害虫や臭いなどで多くの方々が災害後も更なるストレスを受けておられます。我々はそのような生活衛生関係のストレスを抑制・改善することの一助になりたいとの思いを大切に従事しております。
また、市街地での作業や浸水家屋での消毒時には住民の方との対話もできるかぎり行いたいと考えています。我々が赴くのは罹災後ある程度泥出しなどが行われた時点となります。罹災された皆様は心身に疲労が蓄積しておられるので、様々な話を聞いてほしいというケースがあります。大変な時に誰かが気にかけてくれている、支援がある、という心のケアという部分は目に見えず数字での表現もむずかしいですが、大事な側面だと感じるところです。
浸水家屋の消毒の様子01
浸水家屋の消毒の様子02
4.災害への備え(平時の取組)、今後の取組み
災害への取り組みとしては、現場での実働部隊としてまずは訓練でしょうか。当協会では「感染症予防衛生隊」を組織しており、有事対応に資機材の使用方法に関する勉強会や、感染症防護服着脱を含めた保護具着脱訓練等のトレーニングをしております。避難訓練や消防設備点検も同様ですが、机上だけではなく体感して確認することや資機材の試運転確認など、当たり前のことを平時に行ってこそ迅速な有事対応が可能となります。
今後の取り組みとして、個々の事業者は小規模なことから有事の薬剤備蓄が困難であり、緊急時にはその供給が対応のボトルネックとなり得ます。行政などを含めどのように工夫することができるかの検討やご相談を更にすすめていきたいと考えております。
更に、当協会組織だけでは緊急時に十分な対応ができないケースも発生しておりますので、関連する業界団体との連携協力により、災害時の防疫対応体制を更に強化する取り組みも推進しております。
5.その他の活動
全国47都道府県にペストコントロール協会があり、総合的な窓口として日本ペストコントロール協会があります。各地のペストコントロール協会では、多くの自治体と災害時の防疫協定等を締結しており、緊急時の対応が円滑に行えるよう共に備えております。緊急時に自治体側で作業員確保は困難ですし、実施方法含め実務者を探すのも時間を要するので、協力体制ができればと考えます。
自治体により、災害廃棄物対応、ヒトへの感染症対応(災害後防疫や感染症消毒対応等)、などの担当部署が分かれている場合が殆どですが、家畜感染症対応(鳥インフルや豚熱)なども含めてペストコントロール協会は幅広く対応しております。平時でも災害対応以外に幅広い分野で「ペストコントロール」は実施されておりますので、何か関連する事柄ございましたら、ご相談いただければと考えております。
余談ですが、ペストコントロールというのは諸外国でも通じる言葉です。昨今、2025大阪万博関連のニュースも多く見かけるようになりましたが、2005年愛知万博では185日間の会期中、会場内に事務所を常設し、場内のペストコントロールを担っておりました。諸外国の各パビリオンに対して“ペストコントロールに来た”と言えば「ああ、そうか。頼むよ」と言われるところ、日本企業には「ペストコントロール??」と怪訝な顔をされるということがままあり、我々の努力はまだまだだなと痛感したとことがありました。
我々が表立って活躍しているニュースがでる時はたいてい平時ではないので、そのような部分では複雑なところもあるのですが、国連が地球温暖化の時代は終わり地球沸騰化だと表現する今日、風水害だけとっても益々重大化の懸念があります。有事の際は官民を超えて効率的な対応をするために、関係各所の皆様と一層の連携ができればと考えております。
デング熱対応防疫の様子
家畜伝染病対応の車両消毒の様子
鳥インフルエンザ対応の様子(鶏舎)